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「ポール・デルヴォー展 夢をめぐる旅」でデルヴォーの不思議の国を覗く

本日は、ずっと気になっていた「ポール・デルヴォー展 夢をめぐる旅」を見る為に、北浦和公園内にある埼玉県立近代美術館へ行って来ました。実は、随分以前に横浜美術館で開催された「デルヴォー展」へ行った事があり、かなりお久しぶりのデルヴォーさんなのです。
 
今回の展覧会はポール・デルヴォーの初期から後年までが一通り見渡せるようになっています。
展覧会の構成は下記の通りです。
 イメージ 1
第1章 写実主義印象主義の影響
第2章 表現主義の影響
第3章 シュルレアリスムの影響
第4章 パール・デルヴォーの世界
 ◆ 汽車、トラム、駅
 ◆ 建築的要素
 ◆ 生命の象徴としての骸骨
 ◆ 欲望の象徴としての女性
 ◆ 男性の居場所
 ◆ ルーツとしての過去のオブジェ
 ◆ フレスコ
第5章 旅の終わり
デルヴォーのアトリエから
 
作品数84点、デルヴォーの私物として絵の道具や絵に描かれているランプや列車の模型などの展示もあります。デルヴォーはベルギーの画家で、よくシュルレアリスムの画家というくくりで語られる事が多いようですが、それだけではないようです。今回、私たちが「あっ、デルヴォーの作品ね」と思うような特徴的な画風になる以前の作品も展示されていて、いかにして私たちが想定しているデルヴォーになったかの道筋が分かるような展示会になっています。 
 
第1章では、絵を描き始めた頃の作品が紹介され、後のデルヴォーらしさは全く感じられません。印象派らしき風景画とかもあって、それはそれで美しいのです。「グラン・マラドの水門(南側の眺望)」なんて、綺麗な風景画です。この頃既に後に沢山描かれる駅の様子も描かれている作品もあります。
 
第2章では、表現主義の影響ということで、その時代の色々な画家の影響が伺えます。「森の中の裸体群」という作品は人物はモディリアーニ、森の描写はセザンヌっぽくて、不思議な合体作と言う感じです。「母子像」「女友達(ダンス)」「若い娘のトルソ」は、なんだかピカソっぽいし、「バラ色の婦人」はピカソのようなゴーギャンのような作風です。
 
第3章からなんとなく独特のデルヴォーの世界らしきものが展開されてきます。その次の第4章では、さぁお待ちかねのデルヴォーの世界です。デルヴォーの油彩の作品は結構サイズが大きいのか、たまたま今回の展覧会に展示されているのがサイズが大きいのばかりなのか、独特の世界が大画面に広がっています。このコーナーに飾られている「トンネル」という作品は、まるで舞台で演じられているお芝居の一場面の様で、手前には薄物のドレスを纏った女性たち、大きな鏡に写りこむ少女、後ろを向いた裸婦、その奥にはトンネルに入るのか出て行くのか列車、その左右に長く広い階段。夢うつつの世界の様です。その部屋の反対には「森」という大型の油彩があり、こちらはまるでジャングルの女王のような全裸の女性がうっそうと生い茂る草木の中でポーズをとっているもので、こちらはあまりデルヴォーらしくないように思いました。
 
「建築的要素」で括られたコーナーは、デルヴォーが建築に興味がもともとあったとうことで、なかなか見所があるコーナーです。今回のポスターにもなっている「夜の使者」もよいし、「エペソスの集いⅡ」も結構好きです。「夜の使者」は「夜の訪問者 (「夜の使者」の為の習作) 」がすぐ脇に展示してあって、構成が調節されていたり、衣装が変わったりして見比べると面白いです。「夜の訪問者」では訪問者らしき人物は黒い影の様な男性で、真ん中に描かれていますが、「夜の使者」になると白い衣装を纏って帽子までかぶった女性になっています。どちらも見通しのいい大通りが奥まで描かれています。遠景には街が描かれていて、実際の街で行われているお芝居のワン・シーンに立ち会っているような気分になります。黒い影の様な男性だと悪夢、白い衣装の女性だといい夢が訪れているような気がします。
 
墨と水彩で描かれた「《アテネの気まぐれ娘たち》のための習作」も好きで、描かれている女性たちが若さにはちきれそうです。
 
「ペーネロペイア」という墨で描かれた作品は、右手前の女性、バックのギリシャ風建物、広場によろめきながら歩いてくるギリシャ風衣装の男性、そのよろめき加減がお茶目なんですが、その後ろには帆船。この作品はなんだか好き。「パエストゥム」という墨で描かれた作品もいいのです。
 
第5章では最晩年の作品3点が展示されています。デルヴォーってとても長生きで96歳まで長寿をまっとうした人なのですね。晩年は目がよく見えなかったようで、その中で描かれた作品です。絶筆の年に描かれた作品は、描かれている女性はまるで観音様のような表情をしているのです。墨と水彩で描かれているのですが、その表情の優しさは、見ている方の心が安らぐようです。その頃、最愛の妻タムを亡くして、かなり気落ちしていたのかもしれません。
 
デルヴォーの人生では、この妻タムの存在が大きくて、彼女そっくりの女性を沢山描いています。若い頃、彼女との結婚を両親に反対されて、別の女性と結婚・離婚したデルヴォーは、タムと別れてから20年後に偶然彼女と再会して結婚したのだそうです。彼にとって妻は、女性は、タム一人だったのかもしれませんね。タムと自分の姿を描いた作品もあって、そういうものにはなんとも言えない愛らしさがあります。
 
画家でひたすら奥さんをモデルにして作品を描いている人は結構いますが、それだけその女性がかけがえの無い「ベターハーフ」なのでしょうね。その女性を加えて、きっと一人の男であり、一人の名のある画家なのかもしれません。
 
デルヴォーの油彩以外の作品は、墨、墨と水彩というものが大半で、この画材が特徴的だと思います。こんなに墨で描いている画家を見たことがないし、墨と水彩というのもすごくいい感じの仕上がりになっています。デルヴォーの作品で繰り返し登場する鉄道や女性や建築など、そういった興味あるもの好きなものの初めというのが、子供の頃に好きだったとか、10代に興味があって、というのも面白いものです。結局人間というのは、人生のかなり早い時期に好きになった物はずっと好きで、その後の人生に影響を与えるのかもしれませんね。
 
以前、横浜で初めてデルヴォーを見た時は、幻想的な作風だなとか、深夜の駅に突然全裸の女性とは突拍子も無い組み合わせだなとか、ちょっと死の匂いも感じられるなとか、エロティシズム ? とか、その辺りの感想でした。今回見て、まったく別の感想を抱きました。エロティシズムとか死の匂いとかではなく、デルヴォーという画家の、自分の好きなものを全部集めてみました、というような、個人の嗜好の偏りという人間らしい可愛らしさを見たように思うのです。愛して止まない奥さんの顔を沢山描いていたり、電車が好きだからと画面に描き加えていたり、きっとこの人は60になろうが70になろうが、頭の中の自分の好きなものの部屋でいくらでも遊んでいられたのだろうと思うのです。
 
デルヴォーの不思議の国を覗きに行くのも楽しいですよ。
 
 
「夜の使者」