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雄弁なサイレント、鮮やかなモノクロ 「アーティスト」

今年のアカデミー賞作品賞受賞の「アーティスト」を見てきました。
 
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映画がサイレントからトーキーに変わる時期のお話ということは知っていたものの、この映画自体がほとんどサイレント+白黒映画なのにびっくりしました。
 
でも、正直言ってサイレントであっても気になりません。こんなセリフを言っているよな、というのは次の画面でセリフの文字が出る前にもう分かってしまうし、お話自体がシンプルなので音がなくても十分お話しはわかります。そうすると、音って何だろうと逆に思いますよね。
 
サイレント時代の大スターであるジョージがトーキーの時代到来に迎合できず、あれよあれよと
いう間に落ちぶれていってしまいます。反対に、ジョージのファンであこがれていた新人女優のペピーは、ジョージが彼女の顔に特徴を持たせようと描いたつけぼくろのせいもあってか、トーキー時代の新進の女優として人気を博してスター街道を登っていきます。
 
この対照がすごい。映画会社の階段で上の階から降りてきたジョージと下から上がってきたペピーが立ち話をするシーンは、まさにこの二人のその後を暗示しているようで巧い演出です。
 
それにしても、ジョージという人は、きっと良い人だったのでしょう。落ちぶれても人も犬も離れない。彼の運転手兼世話係のような初老の男性も無給でもそばにおいて欲しいと懇願する始末。給料が払えないので、豪華な車と共に彼を泣く泣くくびにしなければならないジョージの心情は心が痛みます。さっさと彼を見捨てたのは彼の妻とトーキーに出ない役者を使わないと決めた映画会社のみ。
 
かつての商売道具であった服と靴を質屋に入れる時も、受け取った金額の中から札を一枚チップのように店頭に置いて去ります。かつてのスターの習慣が心意気か、落ちぶれてしまっても全てを自分がとらないところが恵まれていた人らしいところです。
 
そんなジョージを影から支えているのがペピー。彼女はかつてスターであった彼から受けた恩を忘れていないのと、彼への愛情から、妻ですら去ってしまった彼を密かに支え続けます。
 
この映画ではサイレントからトーキーへの技術革新が時代を変えたことでの影響が描かれていますが、これと同じことは私たちの身の回りにもありますよね。例えば、インターネットの普及が私たちの生活を大きく変えましたが、この映画のように新しい波に乗らない人もいち早く新しい波に乗る人も、また乗らなければ成らなくなった人も色々いるわけです。誰にとっても新しいこととの遭遇というのは中々受け入れがたいことかもしれません。それがそれ以前の状態に満足していた人こそ難しいことでしょう。でも、思い切って一歩踏み出せば、今まで知らない新しい世界が待っているものです。
 
ラストのタップ・ダンスはまさにそういう状態でしょう。
 
この映画自体のセリフが音として表現されるのはジョージが新しい世界の扉を開いたところから、というのも良く出来た演出だと思います。そうか、彼は心の耳をふさいでいたのか、でもよみがえった彼は新しい能力を身に着けたわけですね。音っていくらあふれていても本当に聞きたいことってそんなに沢山はないのかも知れません。心の耳を傾けないと、本当の音は聞こえてこないのかも。
 
サイレントのせいか、逆に沢山の心の声が聞こえてきます。白黒のせいか、逆に心の目にはあふれんばかりの色が見えます。
 
一度落ちた人はよみがえった時、以前より一回りも二回りも強くやさしい人になっているのでしょう。最後のタップ・ダンスのシーンのように心踊る体験がこれから沢山あることでしょう。
 
今、辛くても、世の中に乗り遅れているとしても、支えてくれる人が居ればまた輝けると思わせてくれる、希望を与えてくれるロマンティックな映画でした。