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小川洋子の「とにかく散歩いたしましょう」に癒される

小川洋子さんは大好きな作家で、この7月に新刊のエッセイ集が出ていたので、早速読んでみました。
 
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正直に言いますが、以前の彼女のエッセイ集はイマイチという感がありました。小説とエッセイ、両方を大抵の小説家は出しているものの、その両方が面白いとは限りません。エッセイが面白い人は小説も面白いと誰かか言っているのを読んだことがありますが、そうとは限らない、と言うのが私の意見です。
 
例えば、田口ランディとか角田光代はエッセイやコラムの方が、はるかに小説より面白い人たちだと私の中では分類されています。東野圭吾に至っては、エッセイは猛烈につまらないのに、小説は面白い。そして、以前の小川さんもそういう小説家だと思っていたのでした。
 
ところが、今回の「とにかく散歩いたしましょう」は、実に良い。上手い。味わいがある。泣ける。もう、本当に上出来なのです。「毎日新聞」で週に1回連載されていたものをまとめたものだそうですが、とてもよく出来たエッセイ集となっています。
 
書き手である小説家・小川洋子の身の回りのあれこれの事と、毎回一冊本を引き合いに出していて、それを上手に絡めて書いているのですが、ただの身辺雑記ではなくて、ちょっとした行の隙間から漏れ出してくる小川洋子ワールドに絡め撮られそうになる瞬間もあります。
 
小川洋子という小説家はもともと短編が上手だったので、自身の身辺のことを書いているエッセイを短編小説として書いてみたら、きっとこんなかも、という不思議な雰囲気が漂っている箇所もあって、ああ、あちら側とこちら側が共振している、と言った感があります。
 
前のエッセイ集で、著者が「ラブ」と名づけたレトリバーを飼い始めた頃の様子や、その後の飼い犬の様子は時々書かれていたので読むことができます。その割合は、著者の夫や息子さんのことを書く何倍もの割合で書かれているので、実際にあったことが無い犬のことでも、読者はよく知っていることになります。今回のエッセイでは、その愛犬が、死が間近といえるほど年を経ていて、犬を思う著者の切ない気持ちが、読んでいるこちらにも届いてきます。会ったことすらない他人の家の犬なのに・・・です。
 
どのエッセイも心に響くものがあるのですが、「機嫌よく黙る」という一文は、あぁなるほど、と思います。川上弘美
の句集「機嫌のいい犬」を揚げて、「犬とはつまり、機嫌のいい生き物である。犬を表すのにこれほどぴったりな言葉は他にない。」と言っています。そして著者は愛犬の生き様を語り、次のような文章を書いている。
 
犬は機嫌よく車座にまじってくる。言葉などしゃべらなくても、ちゃんと仲間におさまって、皆をなごませている。
私が目指すのは。機嫌よく黙っていることである。うすうす感づいていたが、理想の生き方を示してくれているのは、やはりラブだった。
 
私も、機嫌よく黙って生きられたら、とつくづく思いました。人間というのは、そこまでの修行ができていない発展途上の生き物なんだな、と感じます。私は、犬を飼ったことがないどころか、人生に一度として周りに犬が居たことが無いものの、著者の書いている意味はきちんと分かります。
 
サラッと書かれた短文が、実は人生の秘密を解き明かす鍵に満ちいてることもある、そんな気にさせてくれるエッセイ集です。
 
このエッセイ集は、若い人にはまだ分からないかもしれないけれど、人生の半ばまできてしまった、ちょっとお疲れ気味の大人たちは、きっと心を慰めてくれる一文と出会えるでしょう。