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甘い生活を目指しています。

癌に罹患した従兄弟のお見舞い

今朝、従兄弟から電話がありました。2日程前から生家に電話をしていた様なのですが、連絡がつかなかったようです。

その従兄弟の弟にあたるKさんが、癌の末期で今月15日より群馬県立がんセンターに入院しており、かなり容体が悪い。儚くなってしまいそうなので、その折にはまたご迷惑をお掛けすることになるが、宜しくお願いしますとの事。

お見舞いには行ってもいいのか尋ねたところ、Kさんの奥さんが常駐しているので、大丈夫との事でしたので、善は急げ、早速本日お見舞いに行きました。

病院がJR高崎線の熊谷駅とその北を走る東武線の太田駅の間くらいの所にあり、病院サイトでアクセスを確認したところ、太田駅下車、市営のバスに乗るとありました。まず、生家のある本庄市の駅前から伊勢崎駅前まで行くバスに乗り、伊勢崎から東武線で太田駅。案内所で聞いたところ本庄は市営バスは運行しておらず、太田駅と熊谷駅をつなぐバスがあるのでそれに乗り、病院近くで降りて徒歩15分。10:45位にバスに飛び乗って、病院についたのは14:00近くになっていました。

緩和病棟は、メインの建物の脇の木立を通り抜けた所にある平屋建てで、個室が並んでいます。まだ3年前に出来たばかりの建物は真新しく木の香りがするよう。

病室を訪ねると、Kさんの奥さん、お子さん2人が来ていました。奥さんたち看病しているご家族に、ドリンク剤を差し入れ。Kさんには特に何も持参しませんでした。事前に別の従兄弟に電話して、お見舞いをお包みしたかどうか確認していたので、お見舞いも父の名前で出しました。

電話で聞いていた状態よりいいように見えました。ただKさんは、口から食べられず、痛み止めを服用している状態で、目も口も開いたままになってしまったそうです。それで、マメに口の中を湿らせたり、目に目薬をさしたりしているそうです。

さっ、とお見舞いをして帰るつもりでしたが、Kさんの奥さんは話したかったようで、ずっと世間話をしました。と言っても、病院の話や看護師さんの話、病状の話などです。

Kさんの病気の発端は、昨年夏の町の健診に引っかかり再検査を促されていたところ、忙しくてなかなか行けず10月に再検査したところ癌が発覚。入院して手術をし、今年に入って退院し、自宅療養していたそうです。妹が法事で会ったのが3月。その後容体が悪くなり、病院を替えてがんセンターに入院したそうです。

3月の法事の時は、まだ動いていたよ、と妹が言っています。その頃、お見舞いに行こうと言う話が出たので、アポを入れようと電したところ、「大丈夫です」との回答でした。それで、安心してお見舞いに行かなかったら、こんなことになっていました。

電話で聞いていたよりKさんははっきりしているようでした。またテレビが見られるようになったのだそうです。

すごく痩せてしまい、寝たきりでしたが、私たちの事は分かったようで、手をよく動かしていました。

「出来るだけ苦しまずに過ごせるようにしようと思います」と奥さん。発症した時に本人と相談したそうです。

それにしても、癌が発覚してから寝たきりになってしまうまで、あまりにも期間が短いのが気になります。しかし、本人とご家族で色々話し合って決めているようで、そこが今までの周りの人たちと違う点だなと思いました。

Kさんはまた64歳位のはず。今の時代、その年で逝ってしまうのは早過ぎます。

Kさんに挨拶して帰って来ました。