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ジョン・ル・カレ 「スマイリー三部作」

あまりにも面白かったので、ジョン・ル・カレの「スマイリー三部作」を紹介いたします。
 
 
●ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ  ( TINKER,TAILOR,SOLDIER,SPY )
(あらすじ)
スマイリーはイギリス諜報部( サラット、通称「サーカス」 ) を引退したスパイだが、サラット内部にソ連の「もぐら」がいるので調査せよ、との指令がくだり、調査を開始する。
 
スマイリーはかつてはサラットのNo.2とも言われた男だったが、サラットのトップであったコントロールの失脚に伴って引退を余技なくされていた。この当時のサラットは「ウイッチクラフト情報分析グループ」通称「魔法使いグループ」の若手が牛耳っていた。グループ・リーダーのパーシー・アレリンはコントロールの後の英国諜報部チーフの座についていた。その片腕はビル・ヘイドン。東欧情報のプロ、ロイ・ブランド。「点灯屋」( 主流業務の支援部隊 ) の責任者のトビー・エスタヘイス。
 
スマイリーの調査協力者はかつての部下で、やはり主流からはずされたピーター・ギラム、元警官のメンデル、調査を依頼した情報機関監視役のレイコン。

スマイリーの支持で、ギラムは封印されたサラットの資料を盗み出し、スマイリーはコントロール失脚の元凶となった「テスティファイ作戦」の関係者に会って、証言を取る。
少しずつ姿を現した「ウイッチクラフト情報」とその「テスティファイ作戦」。その影には、昔インドの牢獄で会ったソ連のスパイ、カーラの姿が見え隠れ。スマイリーと運命の宿敵カーラの繋がりと壮絶な情報戦、男たちの野望と喪失の物語。
 

【感 想】
スパイ小説の面白さがぎゅっとつまった作品。
派手なアクションはないが、情報戦のみごとさ。
情報を生業とする男たちの生き様が、見事というより哀れだ。
ジム・プリドーとビル・ヘイドンの友情を超えた愛情。スマイリーとカーラの不思議な関係。またビル・ヘイドンとスマイリーの関係。人間関係のあやだけでも読みどころ満載。
仕事と本心の狭間で揺れながらも、やはり仕事に忠実であろうとする男たちの姿が哀れだ。ここでの仕事とは、自分の信義であったり、愛国心であったり、プライドであったり。
イギリスらしい小説だ。
 

●スクールボーイ閣下 ( THE HONOURABLE SCHOOLBOY )
(あらすじ)
ソ連情報部の工作指揮官「カーラ」の策謀で、英国情報部は壊滅的打撃を受けた。英国情報部再建の為、呼び戻されていたスマイリーは反撃に出る為、ロシア専門家のコニー、中国専門家のドク、かつての部下ギラムを集めて、事実関係を洗いなおす。そんな折、香港から東南アジアを経由する極秘送金ルートの知らせが入る。
 
イタリアの片田舎に隠遁していた新聞記者で臨時工作員のジェリー・ウェスタビーは極秘送金ルートを突き止める為、香港に派遣される。彼を待っていたのは、中国人実業家ドレイク・コウ、コウの愛人リジーパイロットのリカルド、コウの謎の弟ネルソン・・・。真実を突き止めるため、ウェスタビーは香港から戦禍の最中のカンボジアへ飛ぶ。リジーとリカルド、リカルドが関わっていたフライトなど、極秘送金ルートの全貌が少しずつ明らかになってくる。そのルートの終点はソ連の「カーラ」へと繋がっていた。
 
香港へ急いだスマイリーたちは、極秘送金ルートのもう一方の端にいるネルソンを釣り上げる作戦に出る。リジーに愛情を抱いてしまったウェスタビーはリジーを連れて逃亡するが、やがてネルソン捕獲作戦が開始され、それぞれの運命を決定付けていく。
 

【感 想】
英国推理作家協会賞を受賞している作品で、私はこれから読んだが、ここからでも十分話は分かる。でも、どうせ読むなら「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」から読むほうが分かりやすいと思う。
スパイ小説、でもスパイ小説としてでなくても十分なほどの人物造形、描写。
「Honourable」とは貴族の子息に着く敬称だそうだが、生まれ高貴なジェリー・ウェスタビーが、英国情報部の臨時工作員として東南アジアで繰り広げる冒険譚。そう言いつつも派手なところが相変わらず無く、それでもこのシリーズ中では一番アクション・シーンがあるだろうか。

動のウェスタビーの話と静のスマイリーたちのソ連ルートの分析会、こちらは地道に文献を漁り、関係者から証言を引き出し、推論し、議論しというもの。この両者の動きが並列して描かれていく手法も見事。
「スクールボーイ」と呼ばれていたスパイの、国に対する忠誠心というよりは実の父以上に父だった英国情報部のチーフであったスマイリーに対する憧れと忠誠心と愛情が、難しい任務へと赴かせていく前半と、うっかり本気で愛してしまった女と任務遂行の間で心がちぢに乱れていく様子の後半の対比も読みどころ。

緻密なスマイリーに比べてあまりに人間臭く向こう見ずなウェスタビーというキャラクターが愛しくなるような作品。ソ連ルートの分析会の部屋に集い座っている人々の分析の様子のエキサイティングな盛り上がり。
とにかく読んで損はないスパイ小説の傑作。東南アジアを舞台にしていることもスパイものとして気分を盛り上げてくれる。それでも相変わらず哀愁に満ちた作品。
 

●スマイリーと仲間たち ( SMILEY'S PEOPLE )
(あらすじ)
スマイリーは引退し、妻アンにも去られた老年の元スパイ。
ある日、ロンドンの裏道でかつてスマイリーの元で活動していた協力者「将軍」ウラジミールが無残な死体として発見される。レイコンより捜査を依頼されたスマイリーは、ウラジミール殺害の捜査を始める。そこにはスマイリーがずっと待っていた、大物の情報がからんでいた。

ロンドンからオクスフォードへ、ハンブルクへ、パリへ、そしてベルンからベルリンへ。
ついにスマイリーとカーラの長い戦いが決着の時を迎える。
 

【感 想】
「スマイリー三部作」の完結編。一部から登場していた人物たちも、ずいぶん年をとって再登場したりで懐かしい感じもする。
カーラとの関係もついには終盤。スマイリーをずっと悩ませ続けた男の実態とは?
スパイ小説の面白さと、人間と組織、ひとりの人間としての悲しさなど、この小説全体を覆う哀しさがここでも漂う。
シリーズを通じて読むと、ある一時代のイギリスを、「サーカス」という組織を、人の悲しみをどっぷりと堪能させられる作品だ。読後、しみじみとしてしまう。